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執筆者の写真水越朋/Tomo Mizukoshi

電車にて

電車の座席に座り本を読んでいると、向かいに座っているおばさんが何か言ってることに気づき顔をあげる。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」

と、おばさんはついさっきまでわたしの隣に座っていた女の子に声をかけている。ランドセルと帽子をかぶった女の子は小学校低学年位に見える。次の駅で電車を降りるようで、席から立ちドア付近で駅に着くのを待っている。おばさんの声掛けには気づかないのか反応がない。

駅に着きドアが開く寸前、ふと横見るとわたしの隣、女の子が座っていた座席にピンクの長財布みたいなものがあることに気がつく。一瞬かたまってこれが何か考える、それが財布ではなく小学生がよく使う四角い筆箱だと気付く。慌てて手に取り女の子に差し出す。ドアはもう開き、女の子は電車を降りようとしている。


「はいっ!」

と女の子に筆箱を差し出し続ける。焦ってこれしか言葉が出てこなかった。大人ポジションとしてのこの瞬間の最善の言葉はなんだったのだろうか、短く端的に状況を説明できるベストな言葉はあったのか今も考えている。女の子も突然のことで言葉も反応もなく棒立ちのまま、筆箱を受け取り下車した。

電車は何事もなく走り出す。ほんの数秒の出来事、目まぐるしかった。

ホッとしたら向かいに座るおばさんと目が合い、マスクの下にあるお互いの緩んだ表情を感じながら、軽い会釈をしあった。

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